8-01:写真で味わう「旅の音、心の音」08

一つとなる・いわき塩屋崎

福島県いわき市にあるJR常磐線の泉駅からバスに乗り込んだ。
今日の目的地は塩屋崎灯台。
バスが進むにつれ、乗客は私一人だけになってしまった。

雨の当たる車窓から水たまりに広がる波紋が見える。
桜が咲き始めているが、今日はとても寒い。
しばらくすると、海が見えてきた。

あの日、多くの人と町を押し流した海。
海を望む高台に立つ。
波の音が、絶え間なく聞こえてきた。


雨は、いつの間にかやんでいた。
今は、ひき潮なのだろうか。
浅瀬に遠く広がる砂浜を歩いてみた。

海は濃い緑と青を混ぜたような色。
曇った空と海の区切れ目は、はっきりとしていた。
振り向けば、そこにはコンクリートの大きな防波堤があった。
さらにその向こうには、きれいに整備された土地に建物が点在している。


少し歩いた後、岬の上に立つ塩屋崎灯台に登った。
内部の螺旋階段を登りきり、扉をくぐる。

今日はここで、聖書の言葉に思いを馳せる。
新共同訳では小見出しに「イエスの祈り」とあるヨハネ17章20〜26節だ。
ああ、これはイエス様の祈りだったのか、と今更ながら気づく。


「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。」

この場所は最後の晩餐の席。弟子たちが周りにいる。
イエス様が、ただ弟子たちと共にいることを願っておられるように聞こえるが、少し違うようにも思った。

「すべての人を一つにしてください」

この言葉が自分の中で響く。
「彼らも一つになるためです」と願うイエス様の心を感じる。


でも、一つになるってどういうことなんだろうか。
一緒にいると一つになるとは全然違う。

私達がイエス様と一体になる。
父子聖霊なる神様と一体になる。
そんなことあり得るのか。


でも、これがイエス様の最期の祈り。
十字架で死に、復活された方と一体になる。

忘れてしまいたいつらいこと。
でも、忘れてはいけないこと。
それを引き受け、ともに担う御方の切なる祈り。

被災地の海を見ながら、そう思った。


少しだけ天気が回復してきた。
海面がキラキラと光った。
かもめが5羽、すぐ近くを風に逆らうようにして飛んでいった。


ヨハネによる福音書17章20〜26節

また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

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